カタカムナ研究家・吉野信子 オフィシャルサイト

カタカムナ日記 2015.8.7

みなさん、ご無沙汰しています。

2015年5月15日に吉野信子のオフィシャルサイトをオープンして以来、忙しさにかまけて、今日まで更新を怠ってしまいました。何度も私のサイトに訪問して下さった皆さん、変わり映えがなくて申し訳ありませんでした。m(__)m

この期間、実にいろいろな発見や出来事があったのです。その意味を、考えながら、発見したことなどは、各地のセミナーで、随時、参加者の皆さんにお伝えしてきたのですが、やはり、私のオフィシャルサイト上でも、未熟ながら、皆さんと分かち合い、成長しあいたいと思い、不定期ですが、「カタカムナ日記」と題して、これから随時、アップしていきたいと考えています。

先ずは、少し、さかのぼりますが、

2015年6月16日(火)沖縄の玉城にて

私は、上古代のカタカムナ文明は、沖縄と深い結びつきがある…という啓示を何度も受け、沖縄の歴史を深く知りたいと思っていました。そんな時、本当に絶妙のタイミングで、沖縄の歴史を深く研究されている「名護 博(なご ひろし)」先生をご紹介いただきました。先生は、「赤椀(あかわん)の世直し」というタイトルで、「邪馬台国総合説」の本を書かれた方です。

先生と紹介者の上原さんと私は、まずはとにかく大切な場所だという「玉城」という古い遺跡前で、なんと朝の4時半に待ち合わせをしました。まだ夜明け前で、携帯の光を頼りに、遺跡まで何とかたどり着きました。目的は朝日を拝むことです。2015年の夏至は「6月22日」。

夏至の日の旭は、海から玉城門跡を通って、その奥の拝所にまで、一直線に届く…と先生は仰っていました。私たちが訪れた朝は、夏至の1週間前だったのですが、前日の雨もやみ、それに近い光景が見られるかもしれないと、期待が膨らみました。

名護先生の説明によると、弥生時代後半の日本本土の社会は、稲作と金属文明がもたらした戦乱の時代だったのですが、そのような「戦乱の世」を座視できない人々による「世直し」運動が、主に、北部九州を起点とし沸き起こったそうです。彼らは、戦乱のなかった沖縄諸島に「国の直さ」を発見し、沖縄をいわば「ひな形」として、その「平和な世」を日本列島全域に回復することを目標としました。

そして、その「世直し」運動のシンボルとして使われたのが、沖縄の海から獲れる、生命を育む「子宮」の形をした「ゴホウラ貝」だったそうです。それは、日本全土の弥生、大和時代の遺跡から出土する数多くのゴホウラ貝の腕輪でもわかるそうです。

その話を聞いて、私は、ヤマト朝廷を何故「大和(ヤマト)」と言う字で書くのか…そう読めないにもかかわらず、当て字で「大きな平和」と書いて「ヤマト」と読ませた理由が、ここにあるような気がしました。

実は、この玉城は、門の形、遺跡の形全体が、生命を育む「子宮」の形をした「ゴホウラ」と言う巻貝の形をしています。そして、ここは、その「平和の理念」が発祥した大切な大切な場所なのでした。そういえば、玉城の「玉」と言う意味は、カタカムナで読み解くと「生命」と言う意味になります。

名護先生の本によると、沖縄各地で、今も歌い継がれている、神歌の中に「ヤマトからくだりたる赤椀の世直し」というフレーズが定型句として数多く登場するそうです。この歌の意味は、「日本本土から沖縄に「国の直さを取りにまいられた」人々の話を語った内容であるということでした。

毎年、夏至の日に、海から昇る太陽が、この子宮の入り口をした門跡の中へと一直線に差し込み、光から生まれた生命の種が、その奥の拝所に舞い降り、生命が宿るのでしょう。そして神女たちは、その命を尊び、健やかに育てと平和の祈りを捧げてきたのでした。

そんなことを考えているうちに、玉城の門の向こうに太陽が現れました!いよいよ夜明けです!

そして、待ちに待った旭が差し込み、光の華が見事に咲きました!
わあーきれい!思わず声が出ます。

そして、その光の華からは、よく見ると「生命の種」が…紫の光に乗ってこちらへ向かってきます。

もう少し、位置を変えて拝所を撮っていれば、この「生命の種」が、拝所に鎮座し、着床したところを見られたのかも知れません(私はこの時、拝所の前に立って写真を撮っていたので、その入り口を塞いでいたのでした…涙…)この光の華と生命の種の意味を、その時は気づかず、後に、写真を見て発見したのです。
そして、着床したその「生命の種」は、もしかしたら、私の光の写真によく現れる「赤と青の目」の形だったのかも知れません。

実は、私の光の写真は、何時も連続で3つの様相を映し出すのです。

  1. 太陽から美しい光の華が生まれ、その一つの紫の光から、ブルーの光の円盤へと「白い種」のようなものが移る。
  2. ブルーの円盤に載った白い種は、大地に近づくと円盤を外れ、大地に落ちる。そうすると上空の光の華は消え、下から藤色の光が立ち昇り、穴が空いた赤紫の3次元のピラミッドができ、その周囲に同色の輪を描く。
  3. それが大地に着地するやいなや、中央が青色のピラミッドとなり、廻りの光が赤色に変色する。

と言うプロセスを必ずたどるのです。そしてその3つのプロセスをつないでいるのは、太陽の「光の華」から生まれた「白い種」です。

何故ならこの光の3つのプロセスは、何時も太陽の「光の華」から繋がって現れるからです。そして、この最後の光こそ、赤椀の形…

「もしかしたら、古の沖縄の神女たちは、この光を自分たちの目で見ていたのかも知れません。そして、生まれた命の素を「赤椀」と呼んでいたのかも知れない…と直感します。

「生命の種」は、太陽の光からできた「光の華」から生まれ落ち、地球の大地へと届いた途端、何かの「生命体」の素となる。その光のプロセスが、ここに記されているのかも知れません。

その一連のプロセスは、西欧では「生命の樹」と呼ばれていたのかも知れない…これは私の直感です。カタカムナを研究することで、このような光に出会えたこと。

今、この「生命の樹」の思想が、復活するときを迎えているのでしょう。大きな変化が始まっています…アナタはどう感じますか?

そういえば明日は全てが開くと言われている8月8日ですね! (*^_^*)
それでは又!

吉野 信子(2015/08/07)

 

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カタカムナ日記 2015.8.7 への6件のコメント

  1. taiga より:

    吉野様

    私も、カタカムナには大きな影響をうけ、今は故人の宇野様が住まわれていた
    渋谷の神泉のご自宅に押しかけていました。もっともいつも追い払われていましたが。

    <カタカムナにおけるヒフミの意味>の解釈を、私なりにしてみました。
    ご意見をいただければ幸いです。ヒフミこそがカタカムナ一つの根源と感じています。

    ヒフミヨイ・・・・・正のこと 
    マワリテメグル・・・マワリテ:旋転(球)して、メグル:循環(渦)する
    ムナヤコト・・・・・正の反対にある正のこと(正反)
    アウノシベシリ・・・重ね合わせて、お互いがお互いを置き換える(統合)
    カタチサキ・・・・・分化する(微分すること)
    ソラニモロケセ・・・還元(崩壊)すること
    ユエヌオヲ・・・・・理屈ではなく、本質的なこと
    ハエツヰネホン・・・発生する(ハエツ)根源(ネホン)は
    カタカムナ・・・・・顕象(カタ)と、潜象(カム)の重合置換である。

    正しいと信じたことも、旋転して循環すれば、その正しいの反対の正しいことに出会うことになるものです。
    これからの世の中では、何が正しくて、何が正しくないという言い争いは無益なこととしましょう。
    正しいの反対には、必ず、その正しいの反対の正しいが在るからです。
    もし、自分の思いがあれば、まず、その思いを伝えたい人に重ね合わせて、そして、その思いの出所を
    相手の側に置き換えてみれば、思いが、一つ一つの小さな思いに分解されて、前にしゃしゃり出ない思いに変わります。
    そうすれば、その思いは、じつはよく伝わる思いになるものです。
    このことは決して理屈ではなく、根源的なことなのです。初めから人間の本質的なものとして存在しているものなのです。
    この世は、見えるものと見えないものが、交互にきらきらと光の中でまぶしく球回転したり、螺旋回したりしているのです。
    この世の中のことは、すべてが正しくて、すべてが正しいのです。初めに否定するから、後で肯定しても、問題が起こるのです。
    初めに肯定すれば、後で否定しても、問題は起こらないのです。

    それが、日本の言葉の心、ヒフミの心なのです。

    恥ずかしいのですが、感じるままに記述してみました。

  2. あみんちゅ より:

    信子先生は,越智啓子先生の講演会でお見かけし,このブログにたどり着きました。
    光の華の写真から,あたたかい光が出てると思います。
    始め気づかず開いていてなんでこんなに頭の方がポカポカするのかなと思ってたら
    この写真から出てると思います。

  3. かさぎぜんいちろう より:

    うたひ という言葉
    謡曲のことを うたい といいます。
    それから、うた になったのですね☺️

  4. 三井 閥 イサオと読みます。 より:

    先日たまたま吉野さんのご著書と書店で出逢いまして買って読ませていただきました。それ以来思念表が頭から離れなくなりました。カタカムナの事は20年ほど前に、八が岳にすんでいた謎の仙人の様な治療師から聞いていたのですが私はその時以来心の片隅にこれがずっとあったので
    吉野さんのご著書のタイトルを見たときに自然に心が動いたのだと思います。私は現在、山梨でとんかつ屋をしていますので土日はなかなか都合がつかないのですが、いつかまたどこかで吉野さんと出会えることを信じています。その時はまたいろいろと教えてください。どうぞよろしくお願いします。

  5. 石浦 薫 より:

    カタカムナの本を購入しました。以前からカタカムナには関心がありましたが、いまひとつよくわかりませんでした。そのうち縄文研究家の大谷幸市さんと知り合い、縄文人の土器土偶のカタチに惹かれました。そこにはメビウスの帯や大極図(勾玉)、5角形、6角形、8角形が現れてきて古代人が幾何学的な発想をしていることを知りました。吉野さんの本にも通じるものがあり、カタカムナが急速に私の中に入ってきました。名古屋でセミナーがあるときはおしえてください。石浦薫(男性・66歳)

  6. 桔梗。 より:

    美しいです。神秘。

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